闘病手記No.9

【50歳代 女性】

低血糖で倒れて、救急車で運ばれて、3日で退院できるといわれてから採血でひっかかり、すぐさま骨髄穿刺で、「多発性骨髄腫」と宣告された。その病名から何も知らなかったので、とまどうばかりでした。

血液のガンといわれても、身内にガンはいないし、なぜ自分がガンにかかったのかわからないまま、最初のステロイド点滴治療が始まって、特にこれといった副作用もなく、ふつうに食事をし、ふつうに入浴して、ひまだから毎日リハビリ室に通って、毎日早く帰りたいなぁと思っていました。幸いなことにステロイド点滴1クールでIGgの数値が下がって、いよいよ抗がん剤治療が始まって4日目の早朝、激しい腹痛と吐き気で苦しみました。でもそれは1回だけで、吐き気もそんなに強くなくて、今思えば楽な方でした。ただし、8日目には脱毛が始まって、自分でもびっくりするほどぬけて自分で作ったタオル帽子の2枚目をあわてて仕上げる程でした。

自家移植が始まるまで半月ほど外に出られるようになっても、髪のぬけた頭で出る気もなく、外泊もすすめられても夫の都合がつかなくて、あきらめて病室にこもっていた。最初の抗がん剤も1クールで済んだので、自分の幹細胞が1回で取れたのもラッキーでした。しかし、2回目の抗がん剤の後、幹細胞をもどした後は、吐き気が強く何回も出て、下痢も始まって、食事が取れない日々が続いたときは、正直へこたれそうになりました。吐き気はしつこく、退院が決まってからも何度か吐きました。あまり食べられないまま帰るのは多少不安でしたが、もう4カ月も入院していて、家に帰って環境を変える事もリハビリになるといわれたので、退院後も無理せずに、好きな物を食べて、ゆっくり体力をもどしてゆきたいです。